免疫組織データベース~いむーの



遺伝子検査の原理と実際

2006年2月13日

リンパ球(T細胞、B細胞)の特性として、遺伝子再構成がある。リンパ球は多種多様な抗原に対応するため、骨髄および胸腺で分化、成熟する際に、免疫グロブリン、T細胞受容体の遺伝子をDNAレベルで組み替える。図1にあるように、V、D、J(T細胞受容体はV、J)の3種類の遺伝子プールからランダムに選択し、組み合わせるので、そのパターンは無数にあることになる。これら無数の種類のTあるいはB細胞はそれぞれ独自のT細胞受容体あるいは免疫グロブリンを発現し、自分の型にあった外敵が侵入した場合に増殖し、攻撃する。この機能があるので、人間は多種多様のウイルス、細菌に対しても防御反応を示すことができる。 また、このことから、健常人のリンパ球は、見た目や免疫形質が同じでも、遺伝子レベルではすべて異なっているといえる。 この性質を利用した検査がサザンブロット法およびPCR法である。

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図1


1.サザンブロット法

サンプルから採取されたゲノムDNAを制限酵素で切断し、免疫グロブリン遺伝子に相補的なプローベをハイブリダイズさせることで、組織内にクローナルなB細胞あるいはT細胞の集団があるかどうかがわかる(詳しい原理はCleary ML et al. Proc Natl Acd Sci 81: 593-597, 1984を参照)。 つまり、Germ lineバンドに加え、再構成バンドがあればその病変はクローナルであり、腫瘍といえる(図2)。上記のような原理であるので、リンパ球以外を正常対応細胞とする他の悪性腫瘍には適用できない。悪性リンパ腫だけの、独特の検査である。

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図2

どういうときにオーダーするか?

リンパ腫か反応性病変かで迷ったときであろう。上記のようにT系かB系かしかわからないので、厳密なsubtypeの決定には役に立たない。

問題点

1.感度が悪い。=偽陰性に注意! 前述のCleary MLらの論文によれば、病変組織の1%以上腫瘍細胞が占めていれば陽性バンドとして確認できるとしているが、われわれの経験では10%以上の占有率がないとバンドを確認できない印象がある。よって、T cell rich B cell lymphomaや、AILTなど、腫瘍細胞のpopulationが低い腫瘍では「本当はclonalな腫瘍なのに」陰性と出てしまう。このような場合、診断に混乱を来たすので、検査をオーダーする前には、組織像をしっかり把握しておくことが重要である。ただ、この感度が悪いという特徴が、この検査の特異度と信頼性を上げているともいえる。

2.新鮮なDNAが必要であり、生検体あるいは凍結切片がないと施行できない。また量も相当量要する。

3.保険が利かず、しかも高価。非常に大きな問題であり、このために検査を断念せざるをえない場合もある。

このようにサザンブロット法を用いた検査は、他にもHTLV-1のプロウイルスの組み込みや、EBウイルスのterminal repeatの解析を通じたEBウイルスの存在証明などが日常的に行われている。


2.PCR法

図1で示したように、V,D,Jの遺伝子が再構成した際に、黄色で示す配列がV、DおよびD、Jの間に介在する。これはN領域と呼ばれ、TdT(terminal deoxynucleotide transferase)がT細胞受容体あるいは抗体の遺伝子配列のバリエーションをさらに増すためにランダムにヌクレオチドを付加することで生じる配列である。この領域の長さ、ヌクレオチドの種類が、個々のT,B細胞で異なっていることを利用したのがPCR法である。サザンブロッティング同様にクローナリティーの有無が判定できる。

どういうときにオーダーするか?

サザンと同様、リンパ腫か反応性病変かで迷った時だがパラフィンでも可能で、また少量からでも可能なので、皮膚や消化管のMALTリンパ腫などの鑑別の際によく用いられる。

特徴と問題点:

1.サザンブロット法に比べ感度がよい。

2.パラフィンブロックから抽出したDNAでも施行可能。

3.サザンブロット法よりは安価。

4.信頼性はサザンブロットに劣る。サザンに比べ10-40%偽陰性の割合が高い(Medeiros LJ, Carr J Arch Pathol Lab Med 1999 12:117-127).この割合は、体細胞突然変異を示す濾胞性リンパ腫やMALTリンパ腫に高く、変異のないマントル細胞リンパ腫や慢性リンパ性白血病に低い傾向がある(Segal GH Adv Anat Pathol 1996 3 195-203)また、我々の経験では、感度がよすぎるために、偽陽性もしばしば認められる印象がある。反応性病変の一部でも陽性になるので、サザンブロット法と同様、組織像をしっかり把握してからでないと、診断に混乱を来たす。


このように上記遺伝子検査は強力な検査であるとともに問題点、ピットフォールも抱えている。診断の基本はあくまでHE標本の形態である。遺伝子検査は補助的な意味合いで使っていきたい。


 

筆日:2006/2/13

執筆者:久留米大学病理学 加留部 謙之輔

 

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