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乳腺における免疫染色を用いた良悪性の鑑別 ~どこまで可能か

2006年3月1日

乳腺疾患の病理診断に際して、HE染色標本上では良・悪性の判断が難しい症例に遭遇することは決して珍しくはない。最近では針生検標本が数多く提出されるようになり、診断に困難を極める症例がさらに増加している印象を受ける。

このような症例に対して、免疫組織化学を用いてより客観的な判断ができないものであろうか? 残念ながらgold standardとなりうる染色法はないように思われるが、診断の参考となりうる事例について述べる。

1.乳頭状病変の良悪性鑑別

乳管内に発生する良性の乳頭腫(線維血管性間質を伴う乳頭状の上皮増殖)や乳管上皮過形成(間質介在がなく上皮の重積のみからなる偽乳頭状病変)と、悪性の非浸潤性乳管癌との鑑別は、乳腺病理でも最も難しい領域の一つである。針生検では乳管上皮過形成を伴う線維腺腫なども過剰判定に注意すべきものの一つと思われる。

1-A: 筋上皮マーカーの有用性

このような乳頭状病変(乳管内病変)の良悪性鑑別を行う上で、しばしば筋上皮の有無が重要視される。

筋上皮マーカーとして、アルファ平滑筋アクチン、ミオシン(SM-MHC)、CD10、カルポニン、p63などが用いられる。このうちp63のみ核が陽性、他は細胞質に染色性を見る。また、マーカーによっては線維性隔壁に存在する筋線維芽細胞や血管壁にも陽性所見を示すので注意する。抗血清による特徴を表に示す。核染色性と筋上皮以外の細胞が陰性となる点でp63が有用ではあるが、診断医による好みの問題もあるように思われる。

良性の乳頭腫では、間質に接する基底膜上に明瞭な筋上皮の介在を認める。一方、悪性(非浸潤性乳癌)では「二相性(二細胞性)の消失」が有名ではあるが、免疫染色を行うと基底膜上に筋上皮が散在性に残存、あるいは細胞質マーカーの場合に線状の陽性所見が認められる。また、よく誤解されることではあるが、基底膜を離れて上皮が重積増殖している場合には、たとえ良性であっても筋上皮の介在が見られないのが普通である。筋上皮はあくまでも、基底膜に接した部分にしか存在しないので、充実~篩状増殖部分に筋上皮マーカー陰性となった場合でも、安易に癌の診断を下さないように注意したい

表:筋上皮マーカーの特性

抗原

局在

筋線維芽細胞

血管壁

α-SMA 細胞質

陽性

陽性
Myosin (SM-MHC)

細胞質

陽性(弱)

陽性

Calponin

細胞質

陽性又は陰性

陽性

p63

陰性

陰性

CD10

細胞質

陽性(弱)

陰性

*SMA: smooth muscle actin

Fig1

図1:良性の乳頭腫におけるアルファー平滑筋アクチン陽性像。

Fig2

図2:非浸潤性乳管癌(嚢胞内乳頭状癌)におけるアルファー平滑筋アクチンの染色性。基底膜に接してわずかな染色性を認めるとともに、間質内の血管壁なども染色されている。

1-B:サイトケラチンを用いた良悪性鑑別法

従来、乳腺の乳管~腺房には腺上皮と筋上皮の2種類があるといわれてきたが、最近になりそれ以外に基底細胞あるいは幹細胞の存在が注目されている。浸潤性乳癌の一部(10-20%程度)は基底細胞由来で、その多くがER,PR,HER2いずれも陽性ではないかとの研究成果も得られている。

良性乳頭状病変においては、腺上皮と筋上皮の二相性の判定が良性の診断根拠と信じられてきたが、基底細胞の概念を当てはめると、これを含めた三細胞性(ないし多細胞性)が良性病変であり、癌の多くは一細胞性(多くは腺上皮分化、少数例基底細胞性、稀に筋上皮分化)と考えることも可能である。

サイトケラチン(CK)の中ではCK7, CK8,CK18,CK19等が腺上皮を認識し、一方CK5, CK6, CK14などが基底細胞(および筋上皮?)を認識するといわれている。従って、良性疾患では腺上皮と基底細胞のマーカー両者が混在して発現する。また、良性疾患ではそれぞれのサイトケラチンを染色すると陽性・陰性細胞が不規則に混在している(モザイク状陽性像)。

診療レベルにおいて、上記の現象を証明するためには、CK5/6のカクテルか、34ベータE12(CK1,5,10,14のカクテル)が比較的有用である。癌では乳管内増殖巣がすべて陰性か、残存している筋上皮などごく少数の上皮(特に乳管辺縁部や基底膜直上部)に陽性所見を示すのみである。あるいは癌の少数例において、増殖細胞がびまん性に陽性(注:染色強度も均質)となり、このような症例が基底細胞型乳管癌と認識される。なお、文献上も、経験的にも、34ベータE12は散在性陽性像を示す癌症例が少数認められ、CK5/6のほうが、特異性は高いようである。

なお、この領域については未だ研究段階であり、絶対的・客観的指標にまではなり得ていないことを付記する。

Fig3

図3:良性乳頭腫における34ベータE12の染色性。充実性に増殖する細胞の染色性は不均質かつモザイク状である。

1-C:乳頭状病変における神経内分泌分化の意義

充実部を伴う、乳頭状の非浸潤性乳管癌(いわゆるsolid and papillary type)は、HE染色上良悪性の診断が非常に難しい。一見細胞像が多彩で、乳頭腫と混同される場合がある。このような症例に対して、細胞質内の粘液を証明すること(しばしば印環細胞様の形状を示す)と、免疫組織化学により神経内分泌分化を証明することが、癌の診断確定に役立つ場合がある。

神経内分泌分化は良性乳頭腫ではほとんど見られないと考えられている。マーカーとしてはクロモグラニンAが最も頻用される。他にNSE, CD56, Synaptophysinなども使用される。S-100蛋白は筋上皮マーカーとして用いられることがあるが、腺上皮にもしばしば陽性であり、筋上皮マーカー・神経内分泌分化マーカーいずれとしても特異性が低い。

2.筋上皮マーカーによる浸潤癌と偽浸潤像の鑑別

筋上皮マーカーの利用法として、いわゆる偽浸潤像を把握できる場合がある。浸潤性乳癌細胞は、極めて特殊な場合を除いて筋上皮マーカー陰性である、これに対して、硬化性腺症、放射状瘢痕、乳頭部腺腫、乳管腺腫、良性乳頭腫の辺縁などでは、間質の線維化を伴って不規則形の上皮胞巣を認め、浸潤癌と紛らわし場合がある。このような場合、  「胞巣辺縁に筋上皮の被覆があれば、その部分は浸潤癌ではない」。

但し、逆(陰性であれば浸潤癌である)は真ではないので注意しなければならない。

また、非浸潤性乳管癌成分が、既存の硬化性腺症内に進展しているような場合も、細かい癌胞巣それぞれを取り囲むように筋上皮介在を認めるので、癌が浸潤性であることを否定する根拠になりうる。

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執筆日:2006/3/1

執筆者:東北大学病院病理部 森谷卓也

 

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