骨軟部腫瘍の免疫組織化学
1.組織採取と標本作製
生検や手術で摘出された組織標本はできるだけ早く10%ホルマリンまたは10%緩衝ホルマリンで固定する。その際、摘出臓器を丸ごと固定すると腫瘍中央部に固定不良が生じて、その部位で免疫組織化学染色(以下、免疫染色と略す)が陰性化する可能性がある。したがって、ナイフでいくつか割を入れるか、薄くスライスしてホルマリンが浸透しやすいようにする。
過度の固定により染色性の低下や非特異的反応の増強を引き起こすことがあるので、10%ホルマリンまたは10%緩衝ホルマリンの固定時間は24時間から48時間以内が望ましい。切り出しの際に固定が不十分の場合、切り出した組織片を再固定後にパラフィンに包埋する。
薄切は4μmで行い、シランコートスライドガラスへ切片を貼付する。貼付した切片は60℃の孵卵器で一晩乾燥させる。
免疫染色の際に、抗原性を保持するために、薄切してスライドガラスへ貼付した切片は、室温に保管した場合、2カ月以内に染色するようにする。使用後のパラフィンブロックは薄切面を少量のパラフィンでカバーしておかないと、酸化などの組織変性が進み、長期間の保管に適さなくなるので注意が必要である。
2.免疫組織化学の手技
免疫染色の検出感度を高めるために行われる手法として、ABC法(LSAB法)と酵素標識ポリマー法が用いられる。ABC法(LSAB法)はアビジン・ビオチンの特異的結合反応を利用した方法であり、一次抗体の次にビオチン化二次抗体を反応させ、次にアビジン・ペルオキシダーゼコンプレックスを反応させる方法である。酵素標識ポリマー法はポリマーに抗体および多数のペルオキシダーゼを標識し、検出感度を高める原理に基づく染色方法である。一次抗体の次に酵素標識されたポリマーを用いる。
酵素標識ポリマー法はABC法(LSAB法)と比較すると、約2~5倍の感度上昇があり、反応が2ステップで済むため反応時間の短縮が可能である。さらに、アビジン・ビオチン反応によらないので、内因性ビオチンによる非特異的反応が生じない利点がある1)。酵素標識ポリマー系検出システムとしてはダコ・サイトメーションのENVISIONシリーズ、ニチレイのシンプルステインシステムがあり、両者とも最近よく用いられている。
酵素標識ポリマー法による免疫染色の手順を図1に示す。免疫染色の検出方法として、最終的に一次抗体と結合したペルオキシダーゼ標識物のペルオキシダーゼをDAB (3,3′-diaminobenzidine)との酵素反応によって茶色に発色させ検出する。アルカリフォスファターゼなどのその他の酵素も用いられる。
免疫染色の適正を確認する方法として欠かすことができないのは、適切な陽性および陰性コントロールをとることである。陽性(陰性)コントロールとは、その染色において確実に陽性(陰性)と分かっている別の標本、もしくは目的となる標本内に含まれていて染まる(染まらない)ことが分かっている正常組織や細胞を指す。特に、陰性コントロールが陽性の場合、非特異的な反応が起きている可能性があるので陽性とはとらない。
3.一次抗体
骨軟部腫瘍の病理診断で用いられる一次抗体の一覧を表1で示す2)。一般的によく使うマーカーとしてvimentin、cytokeratin、EMA、S-100 protein、desmin 、α-smooth muscle actin、muscle-specific actin、CD34、CD99などがあげられる。これらのマーカーは複数の組織型で陽性になるなど特異性に乏しい問題があるので、実際の診断に際しては、いくつか複数のマーカーを組み合わせた抗体パネルによって免疫染色を行う必要がある。一方、感度と特異性が高く診断に有用なマーカーはsynaptophysin、chromogranin A、HMB-45、CD31、myogeninなどがある。
最近、細胞増殖関連抗原Ki-67に対するモノクローナル抗体MIB-1を用いて免疫組織化学的に評価し算定したMIB-1陽性率が細胞増殖能の客観的な指標として広く用いられるようになってきた。軟部肉腫では、このMIB-1陽性率は核分裂数とよく相関し、核分裂数の多いところでMIB-1陽性率が高い。このMIB-1陽性率に基づいた悪性度評価は軟部肉腫の予後を予測するのに優れている3)。
表1
抗原名 | 性状 | 分布 |
vimentin | 間葉系細胞の細胞骨格蛋白で, 中間フィラメントの一種 | 間葉系細胞, 一部の上皮細胞とその腫瘍, 中皮腫, 悪性リンパ腫, 悪性黒色腫でも陽性 |
cytokeratin | 上皮細胞の細胞骨格蛋白で, 中間フィラメントの一種 | 上皮細胞とその腫瘍, 中皮腫, 滑膜肉腫, 類上皮肉腫, 脊索腫, 長管骨アダマンチノーマなど. 様々な肉腫でも時に陽性になる |
epithelial membrane antigen/EMA | 上皮細胞の高分子量膜糖蛋白 (milk fat globule protein) | 上皮細胞とその腫瘍, 形質細胞, 上皮様軟部腫瘍, 中皮腫, 髄膜腫, 神経周膜細胞およびそれに由来する末梢神経鞘腫瘍など |
S-100 protein | カルシウム結合性酸性蛋白の一種で, αおよびβ鎖の二量体からなる | シュワン細胞, 軟骨細胞, 脂肪細胞, 色素細胞, ランゲルハンス細胞, マクロファージ, 筋上皮細胞とそれらの腫瘍など |
desmin | 筋細胞の細胞骨格蛋白で, 中間フィラメントの一種 | 骨格筋細胞や平滑筋細胞とその腫瘍, 筋線維芽細胞の一部やそれへの分化を示す腫瘍, 線維形成性小円形細胞腫瘍など |
α-smooth muscle actin | 平滑筋細胞の細胞骨格蛋白で, αアクチンミクロフィラメント | 平滑筋細胞とその分化を示す腫瘍, 筋線維芽細胞とそれへの分化を示す腫瘍 |
muscle-specific actin | 全ての筋細胞のαアクチンとγ平滑筋アクチン | 平滑筋細胞, 骨格筋細胞とその腫瘍, 筋線維芽細胞とそれへの分化を示す腫瘍 |
CD34 | 細胞膜貫通型シアル化糖蛋白(シアロムチン) | 造血前駆細胞, 血管内皮細胞とその腫瘍, ある種の間葉系細胞, 隆起性皮膚線維肉腫, 孤在性線維性腫瘍, 類上皮肉腫, GIST |
CD99 (MIC2) | X, Y染色体短腕のpseudoautosomal regionに存在し, 30kD, 32kDの細胞膜蛋白を転写・翻訳する | ある種のリンパ球, 卵巣性索間質細胞, 膵内分泌細胞, 上衣細胞, ユーイング肉腫, 滑膜肉腫の一部. 神経芽腫以外の小円形細胞腫瘍でも時に陽性になる |
synaptophysin | 神経細胞のpresynaptic vesicleに存在する蛋白 | 神経内分泌細胞とその腫瘍, 神経芽腫 |
chromogranin A | 神経内分泌顆粒に存在する酸性蛋白 | 神経内分泌細胞とその腫瘍, 神経芽腫 |
neurofilament | 神経細胞の細胞骨格蛋白で, 中間フィラメントの一種. 68kD, 150kD, 200kDのサブユニットから成る | 神経細胞, 神経芽腫, ユーイング肉腫. 横紋筋肉腫やその他の肉腫でも陽性のことがある |
melanoma-associated antigen (HMB-45) | premelanosomeに存在する糖蛋白 | 悪性黒色腫, 淡明細胞肉腫, 血管筋脂肪腫, PEComa |
CD31 | 細胞膜糖蛋白で, 血小板に存在する細胞接着分子PECAM-1と同一である | マクロファージ, 血管内皮細胞とその腫瘍 |
factor VIII-related antigen | 凝固因子 (von Willebrand factor) | 骨髄巨核球, 血管内皮細胞とその腫瘍 |
myogenin | MyoD1と同じく骨格筋への分化の早期に発現する筋原性転写因子 | 胎児骨格筋, 横紋筋肉腫および横紋筋への分化を示す腫瘍 |
CD68 | ライソゾームにある糖蛋白 | マクロファージ, 破骨細胞, MFHの一部. 他の様々な腫瘍でも陽性になる |
bcl-2 | ミトコンドリア内の膜蛋白で, アポトーシスを阻害する | リンパ球, 孤在性線維性腫瘍, 滑膜肉腫, 他の様々な腫瘍でも陽性になる |
c-kit protein | 膜受容体型チロシンキナーゼで, 細胞の分化・増殖に関与 | メラノサイト, 生殖細胞, 肥満細胞, カハールの介在細胞, 肥満細胞症, セミノーマなどの胚細胞腫瘍, 胸腺癌, GIST, ユーイング肉腫の一部など |
heavy-caldesmon | アクチン結合性細胞骨格関連蛋白で、平滑筋の収縮に関与 | 平滑筋細胞, 筋上皮細胞, 平滑筋腫瘍, GIST |
文献
1)名倉宏ほか編.渡辺・中根 酵素抗体法 改訂四版.東京:学際企画; 2002. p.136-162.
2)長谷川匡.骨/軟部組織. 病理と臨床 臨時増刊号 免疫組織化学とin situ hybridizationのすべて 2000; 18:184-186.
3) Hasegawa T, et al. Prognostic significance of grading and staging system using MIB-1 score in adult patients with soft tissue sarcoma of the extremities and trunk. Cancer 2002; 95:843-851.
執筆日:2005/10/13
執筆者:札幌医科大学医学部病理診断学 札幌医科大学附属病院病理部 長谷川 匡