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病理検査における縦列型反復配列(short tandem repeat)解析を用いた個人識別解析法 

2007年2月13日

病理組織標本、細胞診標本作製過程中に発生する検体取り違え、標本中のコンタミネーションは、検査や診断の正確性が失われ、重大な誤診につながる可能性がある。取り違えた臓器や検体の種類が同一で、片方が悪性、もう片方が良性の場合には、取り返しがつかない事態になりかねない。採取された臓器の確認、臨床情報などで回避されることも多いが、それでも区別できない場合、血液型物質に対する免疫組織化学染色を用いることがある。また、性別判定を用いた区別の方法としてX,Y Probe を用いたFISH(fluorescence in situ hybridization)法も有効である。しかし、これらの方法では血液型や性別が同じ検体に関しては無力である。今回は、さらに確実性を得る目的から法医学領域の個人識別解析に用いられている手法をもとに、病理組織HE染色標本または細胞診スメア標本からのSTR:short tandem repeat個人識別解析の有用性について紹介する。

=原理=

法医学領域でのヒト個人識別、親子鑑定で用いられているAmpFLSTR SGM Plus PCR Amplification Kit (Applied Biosystems, Japan)を用いた解析法を以下示す。異なった2人のDNAを用い、3つの蛍光標識(5-FAM,JOE,NED)probeが入ったAmpFLSTR SGM Plus PCR Amplification Kit (Applied Biosystems, Japan)にてPCR(Polymerase Chain Reaction)を行う。AmpFLSTR SGM Plus PCR Amplification Kit は一度のPCRで、Amelogenin遺伝子による性別判定と、10種類(D3S1358, D19S433, D8S1179, vWA, TH01, FGA, D21S11 D16S539, D18S51, D2S1338)のSTR個人識別解析によってMicrosatellite領域 の多型性を同時に検出することができる。また、蛍光標識ラベルされた別々のPCR増幅産物を同時にキャピラリ式電気泳動システム(ABI 310 Genetic Analyzer Applied Biosystems, Japan)にて泳動し、 DNAフラグメントのサイズをフラグメント解析ソフトGeneScan(Applied Biosystems,japan)にて解析することにより以下の結果が期待できる。

<性別解析>

Amelogenin遺伝子を用いて性別判定を行い、コンタミネーションの有無の検討を行うことができる。女性では、性染色体Xのピークのみを確認でき、女性であることが証明される。男性では、X染色体とY染色体の長さの異なる位置に2つのピークがみられ、男性であることが証明できる。X,Y共に100bpから120bp間の短い塩基を対象としてのPCRであるため、採取されたDNAの断片化が強い病理組織標本、細胞診スメア標本においても、性別判定が可能である。

image13 ←女 男→image14

<STR解析>

特定のSTR領域の PCR増幅産物を解析することにより、個人によって異なる縦列型反復配列(STR)の数を比較でき、これにより個人識別が可能となる。 2人の対立遺伝子がヘテロの場合を示す。患者Aの対立遺伝子では、縦列型反復配列(STR)回数が10回、もう一方が40回、患者Bでは、STR回数が20回と30回であることから、増幅産物がそれぞれ異なった位置に認められ、また、同一サンプル中に2患者の組織がコンタミネーションしていれば、4つのピークが認められることになる。

STR

一方のサンプルがホモの対立遺伝子として存在した場合を示す。ホモである患者Cでは、STR回数が両対立遺伝子とも同一であることから1つのみのピークがみられる。また、ヘテロである患者Dでは、対立遺伝子のSTR回数が異なることから、増幅産物が2つの位置にピークを認める。コンタミネーションで両患者の組織が混在すれば、それぞれ長さの異なる3つのピークが認められることになる。

STR2

<具体例>

コンタミネーションHE標本を用いた場合、同一標本上に異なった2患者(A・B)の組織があるコンタミネーション標本対し、滅菌した爪楊枝ないしLCM:laser capture microdissection(LM100:Arcturus Engineering, Mountain View, CA)にて、別々にサンプルを採取しDNAを抽出する。HE標本作製過程中の生検検体の取り違え、切り出し時のトリミングナイフの洗浄不足等によるコンタミネーション、パラフィン切片薄切時の切片拾い間違いなどを想定。

STR3

コンタミネーション時の判定法として一般的である血液型物質の免疫組織化学染色の判定では、時に腫瘍部分の組織を用いた場合に血液型物質の偽陰性化が問題となることがある。原因の一つとして、赤血球の他、血管内皮、上皮細胞の細胞膜表面への糖の付加は遺伝的支配を受けた糖転移酵素によって行われるが、癌細胞に関しては、その酵素の欠損により血液型物質の合成が阻害され偽陰性となることが知られている。一方、AmpFLSTR SGM Plus PCR Amplification Kitを用いたSTR個人識別解析は多くの場合が遺伝子情報に関係のないイントロンを対象としているため、病気や人体の構造に関係なく個人識別が可能とされているが、遺伝性非ポリポーシス性大腸癌では遺伝子修復機構の異常により、マイクロサテライト不安定性の報告もあり、解析法には慎重を期する。また、性別判定に関しては組織における固定時間または固定法に左右されるFISH法と比較してもAmelogenin遺伝子を用いた解析では、ある程度の断片化したDNAでも鑑別が可能で安定した解析が可能である。又、STR解析ではピークのパターンを比較することにより、コンタミネーションの原因標本(細胞)の確定にも非常に有効であると考える。

 

 

執筆日:2007/2/13

執筆者:北海道大学病院病理部 丸川活司 marukawa@med.hokudai.ac.jp

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