免疫組織データベース~いむーの



α-synuclein

2007年6月18日

●LB509(Zymed社より市販):リン酸化非依存性α-synuclein抗体

●PSyn#64(和光純薬(株)より市販):リン酸化α-synuclein抗体

パーキンソン病(PD)Lewy小体型痴呆症(dementia with Lewy bodies;DLB)に共通に見られる神経細胞内封入体がLewy小体(LB)である。LBの出現量は、アルツハイマー神経原線維変化等に比べれば極めて少量である。このため生化学的精製を本格的に試みた研究者は少なく、その構成成分の同定は主に免疫組織化学に依拠してきた。LBの成分としてニューロフィラメントが最初に示唆されたが、皮質型LBでは陽性率は低く、真の構成成分か否かには疑問がもたれてきた。1988年葛原らはユビキチンがLBを高率に染色することを見出した。この発見を契機に、ユビキチンはLBの最も鋭敏な生化学的マーカーとして繁用されるようになったが、ユビキチンは、プロテアソームによる蛋白分解を導く「修飾蛋白」であり、LBの線維構造を構成する不溶化蛋白質の真の構成成分は長らく不明であった。  筆者らはLBの構成成分に興味を持ち、DLB大脳皮質を出発材料として、直径10ミクロン内外の球状を示すLBを、ユビキチン等既知の成分に対する免疫蛍光染色を施すことにより、セルソーターにより単離・精製する方法を確立した。LBの構成成分を調べるにあたって、得られたLBを直接蛋白化学的に解析することは、難溶性かつ多様な成分を含むLBの緻密な構造を考えると困難と予想された。そこで、神経原線維変化の先例に倣い、精製LBを抗原としてモノクローナル抗体を作製し、LBを陽性に染色する抗体が脳可溶画分中に認識する抗原を同定する”immunochemical approach” をとることにした。1クールの免疫を行うためにも百回余りのショ糖密度勾配遠心とセルソーター分離を反復する必要があり、研究は難渋を極めた。この気の遠くなるような作業を貫徹した馬場美南らは、LBを強く染色するただ1クローンのモノクローナル抗体LB509を得た(図A)[1]。

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図A.リン酸化非依存性抗体LB509は、LB (矢印)、Lewy neurite(矢頭)に加えて、ニューロピルに細顆粒状に分布する正常α-synucleinを染色する(*神経細胞体は染色されない)。

 

 LB509(現在Zymed社より市販)は脳可溶画分中の約15 kDaの蛋白を認識したが、この研究を遂行中の1997年、Polymeropoulosらにより常染色体性優性遺伝を示す家族性PD家系においてA53Tの1アミノ酸置換を生じるα-synuclein遺伝子の変異が報告されたことを契機に、LB509が認識するLB中の抗原はα-synucleinであることが確定された。LB509は相同性の高いヒト・齧歯類のα-synuclein間でただ一箇所、異なるアミノ酸が連続するAsp121/Asn122を認識し、ヒト特異抗体となっている点も興味深い。ついで他の家族性PD家系においてA30P, E46Kなどの1アミノ酸置換や、最近になり変異のない野生型遺伝子の重複(duplication, triplication)が同定された。さらにα-synuclein蛋白はin vitroで凝集し線維を形成すること、この過程は家族性PD変異により加速されることなどが示されるに及び、この蛋白が孤発例のPD, DLBにおいても何らかの原因でコンフォメーション異常を生じ、神経細胞中に蓄積しつつ細胞死を導くことが神経細胞変性の本質的過程と考えられるようになった。

変性疾患脳に蓄積する病因蛋白は、特殊な翻訳後修飾を受けている場合があり、これらの修飾は蓄積の原因ないし特異的なマーカーとなる可能性がある。LBの主要成分がα-synucleinと判明した段階で、我々は精製の基本的方針を変更し、蓄積α-synucleinを純粋に生化学的な方法を用いて解析することにした。DLB脳から精製した不溶性α-synucleinを臭化シアンで切断し、分取した断片を質量分析で解析したところ、α-synucleinの最C末端13アミノ酸からなる断片が129番目のセリン残基においてリン酸化されていることが判明した[2]。リン酸化がこれらの蓄積物の形成に果たす真の役割は未だ不明であり、PDやADの病態を単純な「過剰リン酸化症」と捉えることは単純化に過ぎることも事実である。しかしリン酸化α-synuclein特異抗体は正常α-synucleinとは反応せず、蓄積したα-synucleinをきわめて鋭敏に検出するため、α-synuclein蓄積の神経病理学に新しい展開をもたらすことになった。

ひとたびα-synucleinがLBの構成成分であることが判明すると、様々な神経変性疾患の脳病変がα-synuclein陽性を示すことが相次いで報告され、これらは”synucleinopathy“と総称されるようになった。これらの病変はLB509など修飾非依存性のα-synuclein 抗体でもよく描出されるが、α-synuclein は脳に豊富な蛋白であるため、ニューロピルの正常なα-synuclein が強く染色され、病変をマスクしてしまうことがある(図A)。これに対し、リン酸化α-synuclein 特異抗体で染色すると、とくにDLB脳においては細胞体内のLBに加えて、ニューロピルにも多数のα-synuclein 陽性変性神経突起が存在することが明らかになった(図B)。

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図B.Ser129リン酸化α-synuclein特異抗体はLB(矢印)及びLewy neurite(矢頭)を強く染色するが、ニューロピルの正常α-synucleinは陰性である。

 

これらはLewy neurite, Lewy thread/dotなどと呼称され、従来のユビキチン、リン酸化非依存性α-synuclein 抗体でも海馬CA2/3領域などには存在が知られていたが、リン酸化α-synuclein 抗体を用いることによりはじめて大脳皮質における広汎な出現が確認された。LB(脳幹型LBの染色を図Cに示す)以外に、代表的な孤発性の脊髄小脳変性症である多系統萎縮症(multiple system atrophy; MSA)の特徴的病変であり、オリゴデンドログリアに形成されるglial cytoplasmic inclusion (GCI)(図D)、若年期に痴呆、錐体外路症状などを示すHallervorden-Spatz病の変性神経突起(図E)などにもリン酸化α-synuclein陽性反応が確認され、抗リン酸化α-synuclein抗体がsynucleinopathy病変の最も優れたマーカーであることが確立された

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図C,D,E.脳幹型LB (C)、多系統萎縮症のGCI (D)、Hallervorden-Spatz病のdystrophic neurite、(E)もリン酸化α-synuclein陽性を示す。

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図F.DLB大脳皮質の抗Ser129リン酸化α-synuclein抗体(緑)と抗リン酸化タウ抗体(赤)による二重蛍光染色像。リン酸化α-synucleinがLB(中央)、Lewy neuriteなどの形態をとって大量に蓄積している(緑色で描出)。これに対し、AD脳でも見られるneuropil threads(矢頭)はリン酸化タウ陽性だが、リン酸化α-synucleinとは別個の蓄積物を形成している。スケールバー:20mm

 

当初我々が作製した抗体は、リン酸化Ser129を中央に置く合成ペプチドを免疫原とし、リン酸化非依存性抗体成分をリコンビナントα-synuclein蛋白で吸収したflow through中に回収される画分を用いていたため、その産生量に限界があるうらみがあった。川島晶子・長谷川らは同じ抗原を用い、affnity精製抗体と同等の選択性と感度を有するマウスモノクローナル抗体PSyn#64を確立した(和光純薬(株)より市販)。

神経変性におけるこれらの翻訳後修飾、そしてα-synuclein蓄積の意義を解明することは、PDをはじめとするsynucleinopathyの早期診断と根本治療法の創出に直結するものであり、蓄積α-synucleinの鋭敏なマーカーであるリン酸化α-synuclein抗体はこのようなアプローチにあたり威力を発揮するものと考えられる。

 

文献

1) Baba M, Nakajo S, Tu PH, Tomita T, Nakaya K, Lee VM, Trojanowski JQ, Iwatsubo T: Aggregation of α-synuclein in Lewy bodies of sporadic Parkinson’s disease and dementia with Lewy bodies. Am J Pathol 152:879-884, 1998

2) Fujiwara H, Hasegawa M, Dohmae N, Kawashima A, Masliah E, Goldberg MS, Shen J, Takio K, Iwatsubo T: α-synuclein is phosphorylated in synucleinopathy lesions. Nature Cell Biol 4:160-164, 2002

 

 

執筆日:2007/06/18

執筆者: 岩坪 威  東京大学大学院薬学系研究科臨床薬学教室・医学系研究科神経病理学分野

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